ロータリーエンジンといえば「マツダ」の専売特許的なエンジンであり、そこに賭ける情熱やこだわりによってもはやアイデンティティともなっている。
そのマツダのロータリーエンジン(以下、RE)は、世界的に急速に進む環境対応への要望にフィットすることが難しくなり、2012年に「RX-8」の生産終了をもって新たな搭載は停止された。
根強く支持し続けてきたマツダのREのファンは意気消沈するも、マツダの執念にも似た情熱を信じ、新たなREの開発に期待を込めて復活のときを願っていた。そして2023年、マツダが新たなREを開発して市販車に投入したというニュースが流れ、カーメディアを賑わせた。
ここではそのマツダの新REユニット「8C」を少し掘り下げていく。
マツダの新型ロータリーエンジン「8C」の概要

「RX-8」に搭載されていた最後のRE「13B-MSP」の生産終了から11年ぶりに新登場したのが「8C」と名付けられたユニットだ。マツダのREの型式名は、始めの数字が排気量を、続くアルファベットが設計の基本構成のタイプを表している。
よって「8C」は、排気量が約800ccのグループの“Cタイプ”設計のモデルということになるが、この「8C」では新たな設計思想のユニットという意味も込め、これまで「B」止まりだったアルファベットの部分をひとつ進めて「C」とした。
要するに、過去の流れからは異なる新たな方向性を持ったシリーズということになる。
8Cを採用した「Rotary-EV」とは?
この「8C」は、マツダ初となる市販量産EVモデル「MX-30」に搭載されたユニットだ。「MX-30」はEVを中心として企画されたモデルだが、日本国内ではまず馴染みやすいマイルドハイブリッド・モデルから投入され、翌年にBEVモデルがラインナップされている。
そして発売開始から3年後の2023年に、PHEV(プラグインハイブリッド)モデルとして「8C」を採用した「Rotary-EV」仕様が追加される。
この「Rotary-EV」は、「8C」をモーター&ジェネレーターと同軸上に配置したPU(パワーユニット)を備え、17.8kWhのリチウムイオンバッテリーと容量50Lの燃料タンクにより、900km近い航続距離を誇る。
8Cのスペック
「8C」のスペックは以下のようになっている。(参考として、「13B-MSP」の数値を[ ]に添える)
- 排気量:830cc×1ローター [654cc×2ローター]
- 創成半径:120mm [105㎜]
- ローター幅:76mm [80㎜]
- 圧縮比:11.9 [10.0]
- ポート方式:吸排気ともサイド [吸排気ともサイド]
- 最高出力:53kW(71ps)/4500rpm [184kW(250ps)/8500rpm]
- 最大トルク:112Nm(11.4kgf・m)/4000rpm [216Nm(22.0kgf・m)/5500rpm]
排気量、ローター数、創成半径&ローター幅、出力の発生回転数などあらゆる数値が異なり、スペックの数値だけでもまるで異なる設計思想のユニットだということが窺える。
従来のRE(13B)との違い

新しい時代への適応を見据えたまったく新しい設計の「8C」を理解するため、過去の主力ユニット「13B」との比較を行いながら解説していこう。
違いの要因はその用途
これまでの「13B」シリーズと「8C」でもっとも大きな違いはその“用途”だ。「13B」が駆動用だったのに対して、「8C」は発電用と割り切って開発されている。
ハイブリッドというと駆動はエンジンとモーターを切り替えて走るものという認識があるかもしれないが、この「Rotary-EV」では駆動をおこなうのはモーターのみで、「8C」は駆動軸とは繋がっておらず、バッテリーの残量が減った際に充電をおこなうための発電機として稼働している。
初めての仕様となるシングルローターの採用
次世代のPUとしてのアドバンテージを持たせるため、モーターと組み合わせる発電用ユニットはコンパクト&軽量な点が重要であると定義したマツダは、「8C」の開発にあたり、その点を極める工夫をおこなった。
REはレシプロエンジンに比べるとコンパクト&高出力な点で優れているが、発電用ユニットとして極限までコンパクトに仕上げるために1ローターという構成を選択した。レシプロエンジンでは不可能な薄さにまとめ上げている。
創成半径を変更した理由
「8C」では必要な発電能力を確保するために創成半径と偏心量を拡大し、排気量を830ccにアップしている。発電用のエンジンでは駆動用のように回転の変動は必要ないため、一定の回転域に絞って最大の性能が発揮できるように設計を割り切ることができる。
「8C」では常用回転数を2300rpmと設定して、そこで最も効率の良い燃焼が行えるように各部のディメンションが練られている。単純にいうと「8C」のディメンション変更は、レシプロエンジンでいうロングストローク化に相当し、低い回転で最大効率を発揮する設計となったということである。
同時にローター幅は「13B」の80㎜から76㎜へと狭められたが、これはコンパクト化ではなく、燃費に影響が大きい熱損失を最少に留めるための変更だ。
8Cで新採用した技術
直噴
現在では高効率な燃焼と排ガスのクリーン化に燃料の“直噴”は有効な技術として確立されている。これからのREを開発するにあたって“直噴”の採用を前提に進められたが、燃焼室の容積移行がレシプロエンジンと大きく異なるREでその効果を確立させるのは大きなハードルだった。
これまでの「SKYACTIV-G/X」の開発で得られた知見をベースにしながらも、RE専用のCAE解析モデルを新たに構築して、徹底的な燃焼プロセスの解析をおこなった。この過程で2つあったプラグは1つに統合され、燃費と排ガスのクリーン化に有効な“高速燃焼”が実現できた。
また、REではオイルポンプによる摺動面の潤滑が必須となるが、直噴化するとせっかく付着したオイルが燃料の噴射で流されてしまう問題に直面する。これについてもCAE解析を駆使して最適な噴射位置とタイミングを解明した。
アルミ製サイドハウジング
燃費の向上には軽量化は不可欠となるので、あらゆる部分での軽量化努力をおこなっている。そのなかでもパーツ単体として最大のボリュームを持つサイドハウジングの軽量化は重要課題だ。
「13B」では強度優先で鋳鉄製だったため、アルミ化によって2枚のハウジング合計で15㎏軽くなっている。ちなみに初代REの「10A」もサイドハウジングはアルミ製だったが、当時の製造精度では品質確保の継続が厳しいということから、次代の「12A」以降は鋳鉄製に変更された。
サーメット溶射
サイドハウジングをアルミ化するにあたり、摺道面の耐摩耗性を確保する必要が出てくる。
その対策として用いられたのが「サーメット(セラミック)溶射」という技術だ。加熱して溶かした金属粉末をマッハ2以上の高速で素材の表面に当て、金属粒子を潰しながら基材に食い込ませて堆積させ、均一で強固な被膜を形成するコーティング法。
技術のベースは1991年にル・マンで優勝した「787B」に搭載された「R26B」の開発で生まれたものらしい。
今後、駆動力用REの採用はあるのか?

このように「8C」は、いかにもマツダらしいこだわりと唯一無二の技術が詰まった意欲的なユニットだと言える。しかし“発電用”と聞いて肩すかしを受けたと感じた人も少なくないだろう。
マツダのREが好きだというクルマ乗りにとっては、やはり次代の“駆動用”REの登場に期待しないではいられない。
16Xや水素REの実用の可能性
マツダは2007年の東京モーターショーで「16X」という「次世代RENESIS」ユニットのコンセプトを発表している。その「16X」は800cc×2ローターで「13B」とは異なるロングストローク化の設計がおこなわれた“直噴”のユニットで、サイドハウジングはアルミ製だと発表されていた。
つまり、その「16X」をシングル化したものが「8C」と言ってしまって差し支えないだろう。当時はまだスタディモデルで実用の目処は立っていなかったと思われるが、それから16年かけて技術を底上げし、環境負荷低減がマストな風潮の現代に通用する性能を備えたユニットとして市販してみせたのである。
そうなるとこの「8C」を2ローター化して駆動用にしたユニットの搭載を期待するなというのは無理があると言える。一定回転での運用を前提とした「8C」を、回転変動が前提の駆動用にするにはまた別の大きなハードルが立ちはだかっていると考えられる。
しかし新世代の駆動用RE搭載車の実現を望む声は少なくないだろうし、マツダもそれは把握しているはず。近い将来、そんなクルマが登場してくれることを祈って待つのみである。