インホイールモーターとは何か?EV時代の革新と課題を徹底解説

昨今世界的にEV化の流れがメインムーブメントとして捉えられ、消費者の意識もその方向に大きく向けられている。各国政府の意向はそれぞれで足並みは揃っているとは言えないが、流れをリードする立場の主要先進国はEVをCO2の排出を削減する有力な手段と定めて推進している。

当然ながら自動車メーカーはEVのラインナップを充実させるべく多くのリソースを投入してEVの開発をおこなっていて、日進月歩で新たな技術が生まれている。

その中で、古くから構想があったものの、EV推進が勢いづく今でも実用化が進まない方式が“インホイールモーター”だ。ここではその“インホイールモーター”について少し掘り下げていきたい。

インホイールモーターの構造と仕組み

“インホイールモーター”とはその名が示すとおりにホイールの内部に組み込まれる構造のモーターのこと。現在の主流は車体の中心ライン上にモーターを含むPU(パワーユニット)を配置して、そこから駆動輪をドライブシャフトを介して駆動する構造だ。

それに対して“インホイールモーター”は駆動したい車輪にモーターを内蔵する方式となる。その構造と、メリット/デメリットを見ていこう。

インホイールモーターの構造

“インホイールモーター”は、現行の車輌で言うところの“ハブ”に、駆動するモーターが組み込まれたものだと言っていいだろう。サスペンションアームの先に付く車軸を支える構造物が“ハブ”で、それとモーターが一体化した構造が“インホイールモーター”の基本構成となる。

内燃機関とは違い、極低速から高トルクが発生でき、そのまま超高速まで回せるのがモーターの特色だが、効率のいい運用をする場合は変速機は必須となる。

一般のPU別体式の場合はその後段にトランスミッションを接続してトルクと速度のバランスを取っているが、“インホイールモーター”の場合はそのユニットに変速機構を組み込む必要がある。変速の方式は、省スペースで幅広い変速比が得られる“遊星ギヤ”を使うものが多い。

インホイールモーターのメリット

“インホイールモーター”のメリットはいくつかあるが、まず挙げられるのが4輪を独立して制御できるという点だろう。一般的な車輌の駆動系では、ひとつのPUから減速機を介して駆動輪に駆動力が伝えられるため、内輪差の吸収やESC(車体姿勢安定システム)の制御にはLSDなどの駆動分配機構が使われる。

これと4輪独立のABSを組み合わせることでかなりの制御は可能だが、“逆回転”も可能な“インホイールモーター”の自由度には及ばない。また、ドライブシャフトを介さないため、サスペンションやステアリング機構の制約が少ない点も挙げられる。

例えば舵角が90°まで切れるようにすることも可能なので、車体を静止状態から真横に進ませることができるし、その場で車体を360°回転させることまでできてしまう。

そして、減速エネルギーの回生効率が高いという点もメリットのひとつ。途中にクラッチやシャフト類を介さないためエネルギーのロスが最小で済む。

インホイールモーターのデメリット

現状、“インホイールモーター”には欠点も多く、それが実用化へのハードルになっていると言っていいだろう。そのなかでおそらく最大の問題が重量とスペースだ。

いわゆる“バネ下重量”を低減することの必要性は、運動性能を高めることが命題のスポーツカーはもちろんのこと、一般車でも乗り心地に直結する問題だ。

“インホイールモーター”では一般的な車輌のバネ下重量にモーターという大きな重量が加わるため、サスペンションとタイヤによる路面の凸凹による衝撃の吸収に過大な負担をかけてしまう。

スペースの点では、ホイールの内側に、ブレーキ、モーター、変速機構、放熱機構などを収める必要があるので、車体の内側に向けてかなり張り出す形となる。これはサスペンションの構造を根本から変えることを強いられるうえ、一般的なサスペンションと同等の性能を発揮させるのはかなり困難と言えるだろう。

そしてそのスペース問題とも関連するのが排熱の問題だ。限られたスペース内に、ブレーキ、モーター、変速機構を収めることから、発生する熱に対して放熱に必要な表面積の確保が困難である。

フィンによる空冷では到底追いつかないので、別途水冷機構などを追加するのは必須だろう。また、制動や振動などの衝撃や負荷をモーターや変速機構がダイレクトに受けることになるので、緩衝機構や軸受部の強化といった耐久性を確保する技術の導入も必要となる。

インホイールモーターを採用した車輌

“インホイールモーター”を採用する車輌はいまだ数は少ないが、研究は各所でおこなわれているため、何例かが存在する。その実例を見ていこう。

市販車の例

市販された例としては、一般的な乗用車で“インホイールモーター”を採用しているのは見つけることはできないが、特殊な用途ならいくつか挙げられる。

ローナーポルシェ(1900年)

実はEVの開発は内燃機関とほぼ同時におこなわれていて、市販されたのはEVの方が先だと言われている。その黎明期に市販された1台が「ローナーポルシェ」だ。

その名前が示すように、馬車製造会社の「ローナー」が「フェルディナント・ポルシェ」に開発を依頼して製造したもの。作動音の大きい内燃機よりもはるかに静かだというメリットから開発されたが、蓄電池の技術もまだ拙かったため、車重の半分を電池が大半を占めていた。

それでも当時としては驚異的な最高速度60㎞/hを誇る高い性能を持っていた。

シンクトゥギャザー・eCOM-8/eCOM-10(2011年〜)

群馬の「シンクトゥギャザー」が製造・販売する小型のEVバスで、中央に並んだ片側4輪の車輪にインホイールモーターが組み込まれている。

走行速度は20㎞/h以下で、観光用の周遊バスや都心部のシティコミューターとして、または工場や施設内の移動補助として活用されている。

トヨタ・C+walk(2022年)

歩行支援の目的でトヨタが開発・発売したパーソナルモビリティ分類の車輌。2輪で電動キックボードのように立ち乗りするタイプ「C+walk T」と、3輪で座って乗るタイプの「C+walk S」の2種がある。

「C+walk T」は10インチサイズの前輪にインホイールモーターを内蔵した最高速度10㎞/hのスペックで、2023年モデルからは公道走行が可能。

「C+walk S」は同じインホイールモーターの車輪を後輪に備え、最高速度は6㎞/hに抑えられている。2023年の道交法改正で歩道に限り走行できるようになった。

実験車両の例

新日本製鐵・NAV(1990年)

1990年代に起こった第二次EVブームの先駆けとして「新日本製鐵」が主導して「東京R&D」が製作したインホイールモーター搭載の本格EV。

環境負荷の低減と、レシプロエンジン搭載車を上回る動力性能を狙って開発された。

慶應義塾大学・エリーカ (2004年)

「国立環境研究所」を中心に研究・開発された「ルシオール (1997年)」の技術を受け継いで作られた第1世代の「KAZ (2001年)」をさらに発展させ、2004年に発表された高性能EV。

EVの高い動力性能をアピールするため、「KAZ」譲りの8輪構成として、全輪にインホイールモーターを装備するというモンスターマシン。モーターの総出力は640kW(858ps)に及び、最高速度は370㎞/hを達成した。

特殊な8輪構成と奇抜なデザインをまとうが、市販を前提として開発されており、制御系などの技術も事業化で収益を得る計画だった。

SIM-Drive・SIM-HAL (2013年)

「SIM-Drive」は「KAZ」や「エリーカ」の開発を取りまとめた慶應義塾大学研究室の清水教授が2011年に創立した自動車用インホイールモーターの研究開発事業。

多くの自動車メーカーや他業種のメーカーが支援に参加して、研究開発で得られた技術を有償提供するというビジネスモデルを展開している。技術開発のための先行開発車として4台の車輌を製作。その最後のモデルがこの「SIM-HAL」となる。

参加メーカーなどからの技術提供を受けて、主体となるインホイールモーターのコンパクト化や効率の追求をおこなうほか、出力の源となるリチウムイオン二次電池の高性能化や、モーター制御技術の進化、4輪のモーターの独立制御なども、この車輌の製作を通しておこなっている。

インホイールモーターの今後

このように、車輪と一体化できるという点におけるメリットは有用であるものの、重量やスペース、熱などの問題から4輪の乗用車での実用化が実用化が難航している印象のあるインホイールモーターだが、今でも大手の「日立製作所」などの企業が研究開発を進めているという情報もあり、もしデメリットが大きく解消できれば、これまでにない走行性能を持ったクルマが登場するという期待は残っている。

スペースや熱の問題で相性が良好とされるバイクやアシスト自転車などではむしろインホイールモーターが主流という状況もあるので、それらの開発で得られた知見がフィードバックされることで、4輪での実現は早められるかもしれない。

主要メーカーの取り組み例

主要な自動車メーカーがインホイールモーター採用の車輌を発表した直近の例として、「レクサス・LF-30 Electrified(2019年)」がまだ記憶に新しい。

このコンセプトモデルはインホイールモーターの持つ4輪独立のコントロール性を最大限活用するというコンセプトを具現化したもので、ハイブリッドを含むEVの研究開発の方向性のひとつを表すスタディモデルとして製作された。

また市販車ではないが、2022年には「STI(スバル)」からレーシングコンセプトの「STI E-RA CONCEPT」が発表されるなど、そのメリットを活かす開発は継続されていると推察される。