クルマの運転を楽しむとき、特にスポーツタイプのクルマを思い切り振り回すような走行をするときには、まずその動力性能がどれくらいなのかという点に目が行きがちだ。しかし、ある程度そういう走りをこなしていると、動力性能と同等、あるいはそれ以上に足まわりの特性やブレーキの性能が重要であることに気付く。
ここでは、知っているようで知らない、ブレーキの基本について、少し掘り下げてみたい。
ブレーキの役割と歴史

クルマだけでなく、地面を走行するすべての乗り物にブレーキは欠かせない。ブレーキが故障した車輌は、運転者だけでなく、交通に関わる全ての人や設備、建物などを危険にさらす存在そのものである。
まずはそのブレーキの役割からおさらいしていこう。
自動車のブレーキの役割
ブレーキの役割とは、言うまでもなく動いている車輌を制動することである。ブレーキがなければ、動き出したときの勢いが自然と弱まって無くなるまで待たないと止まれない。
また、ブレーキには制動力のコントロール性が求められる。強力なほど良いかというとそうではなく、車輌の性能や重量に対して過剰なブレーキでは、適切な制動力を発生させるのが困難となる場合もある。
踏み込んだ強さに応じて制動力が高まってくれることが理想で、理想に近い制動フィーリングを「真綿で締めるような」と表現する一方で、狙ったよりも強く急に効く傾向は、いわゆる「カックンブレーキ」と呼ばれて敬遠される。
また、用途によっても適した特性は異なり、高速道路やサーキットなどの高速域では容量の大きなブレーキが適しているが、市街地のチョイ乗りがメインなら効き方がマイルドな方が好まれることが多い。
制動力発生のメカニズム
クルマのブレーキは、金属の円盤(ディスク)や筒(ハウジング)の内側に、摩擦を生み出すための摩材を結合させたパッドやシューを押し付けて、その摩擦力で車輌に働いている慣性力を弱めて制動させている。これを科学的に説明すると、車輌に働いている運動エネルギーを摩擦によって熱エネルギーに変換して奪い、その熱を大気に放出させながら、最終的に運動エネルギーをゼロにしている。
そのため、運動エネルギーが大きい=速度が高い状態から制動させると、そのエネルギーの量に応じて多くの熱が発生するので、その熱に耐える材質や、効率よく放熱できる構造が求められる。制動に必要なエネルギー量がブレーキシステムの許容量を超えると、熱がブレーキシステム各部に蓄積し、熱による損傷や破損を招くため危険である。
自動車のブレーキの歴史
1885年にカール・ベンツが開発した世界初のガソリン自動車に装着されていたブレーキは、革製ベルトを使用したものであった。速度は人が走る程度だったが、車輌と乗員の重量に掛かる運動エネルギーを受け止めるにはお粗末で、長い旅程では何度も交換を余儀なくされたという。
それ以前から馬車には似た性能のブレーキが備わっていたが、馬車は馬の力で停止できたが、自動車はすべての運動エネルギーをブレーキで制御しなければならないため、性能向上が不可欠であった。やがて、車軸と繋がった金属の円筒の内側にレバーや油圧で摩材を押し付ける方式の「ドラムブレーキ」が生み出される。
この方式は構造的に強い制動力を生むが、熱が筒の内側にこもる構造のため、放熱性に限界があった。そしてその欠点を解消させるために開発されたのがディスクブレーキだ。ディスクをパッドで挟むという方式は、熱を発生させる部分が外気に露出する構造のため放熱性に優れ、容量を拡大することで制動力も高めやすく、広く普及し、現在の主流の方式となっている。
ブレーキの方式の違い

ディスクブレーキはさまざまな点でドラムブレーキよりも優れた性能を有する方式だが、市販車に採用されてから50年以上が経った現在でもドラムブレーキは現役で採用され続けている。
その点も踏まえながら、それぞれの方式の特徴を見ていこう。
ドラム方式の仕組み
先に自動車用のブレーキとして実用化されたドラムブレーキは、ドラムと呼ばれる円筒形の金属ハウジングの内側に、摩材(ライニング)を焼結させた円弧状のシューを押し付けることで摩擦を生み出している。
シューは左右2個が対象に配置され、その端同士の間にセットされた油圧のシリンダーがシューを外に押し出す仕組みになっている。この方式の利点は、「セルフサーボ効果」と呼ばれる作用により、少ない力で大きな押し付け力が得られる点にある。
シューの端が円筒の内面に当たると、ドラムの回転力によってシューが自動的に押し付けられ、少ない力で大きな摩擦が発生するというものだ。左右のシューの支点を互い違いに配置すれば、両方にセルフサーボ効果が働くため最大の制動力を発生させることができる。
欠点は、先述のとおり熱が内側にこもりやすく、放熱性に限界がある点である。昭和40年代くらいまでの車輌は前後ドラムブレーキのケースも多く、長い下り坂ではブレーキが高熱で効かなくなる「フェード現象」が発生し、事故を起こすことも多かった。
ディスク方式の仕組み
ディスクブレーキはその名が示すように、車軸のホイールハブに装着された分厚い円盤状のブレーキディスクを、摩材を焼結させたパッドで挟み込んで、油圧で作動する万力状の構造を持つキャリパーと呼ばれる装置で押さえつけ、強い制動力を発生させるシステムである。
パッドを内蔵させたキャリパーは、サスペンションアーム側に固定され、制動力を受け止める。セルフサーボ効果は発生しないが、摩擦材の進歩や油圧機構の最適化により、ドラムブレーキよりもはるかに大きな制動力を発生させられるようになっている。
加えて、放熱性に優れている点も大きなメリットであり、長時間の制動や、高い速度から一気に制動させるレースシーンのような過酷な状況でも耐えるシステムが構築できる。理論上は、ディスク径を大きくし、摩擦材の摩擦力を高めることで制動力を向上させることができる。
また、セルフサーボ効果が無いことで入力に対して制動力がリニアに発生するため、コントロール性に優れている点も特徴のひとつである。欠点は重量がかさむことと、製造コストが高くなること。
それぞれの方式の適した用途

上記のようにそれぞれの方式はメリットとデメリットを持っている。そのため、それぞれに適した用途があり、そこに着目して見ていこう。
ドラムブレーキの用途
ドラムブレーキのメリットとデメリットをまとめると以下の要素になる。
<メリット>
- セルフサーボ効果が期待できる
- 低コストで製造できる
- (比較的)軽量にできる
<デメリット>
- 放熱性に難がある
- コントロール性は良くはない
以上のことからドラムブレーキは、制動による発熱の少ない軽量な車輌に向いていると言えるだろう。そして低コストのメリットも加えると、軽量で車両価格の低い軽自動車に適しているシステムである。
また、車重の大きいトラックやバスなどにもドラムブレーキの採用率は高い。トラックやバスは重量は大きいが速度が低いため、重量に見合う容量を確保すれば放熱性の問題はある程度許容できるうえ、セルフサーボ効果が大きなメリットになるという点があるだろう。
特にパーキングブレーキでのメリットは大きい。パーキングブレーキはフットブレーキとは別系統となっていることが多く、倍力装置を介していないため、車輌によってはワイヤーとテコの原理のみでシューを押し付けているので、静止状態でもサーボ効果が得られる点は大きなメリットである。
そのため、乗用車ではリヤブレーキでの採用例は今でも多く、トラックやバスでは前後ともにドラムブレーキを採用している例が多い。
ディスクブレーキの用途
ディスクブレーキのメリットとデメリットをまとめると以下の要素になる。
<メリット>
- 放熱性能が高い
- コントロール性に優れる
- サイズや素材で制動性能を強化できる
<デメリット>
- コストが高い
- (比較的)重量がかさむ
ディスクブレーキを採用する理由の主な点は、まず放熱性能の高さからくる安心度の高さが挙げられるだろう。昭和の時代に、下り坂でのブレーキ操作に慎重になっていたのと比較して、今は運転に自信がない人がエンジンブレーキの効きづらいAT車を運転していても、以前ほどフェードの心配は起こっていない点だけを見てもその信頼性は明らかである。
そしてその放熱性の高さに加え、容量の拡大や素材の強化によって制動能力を高められる点、そしてコントロール性が高いという点を併せると、高い速度域での減速や繊細な速度調整が求められるレースなどの競技用としては、もはや欠かせないシステムになっている。
また、同様の理由により、強力なパワーユニットを備え、高い運動性能を誇るハイパフォーマンスカーにも、高性能なディスクブレーキが必須装備だ。
姿勢制御のためのブレーキ活用
また、昨今のスポーツ系車種に標準装備となっている車両の姿勢制御システムでも、ディスクブレーキが前提となっている。最新の姿勢制御システムでは、4輪が独立して個々に適した制動力を発生させる方式が採用されている。
ABS制御とともに、油圧システムが前提となっており、繊細なコントロールがおこなえるディスクブレーキが適している。今後、電磁ブレーキの登場が見込まれるものの、当面はディスクブレーキが主流であり続けるだろう。
ディスクブレーキとドラムブレーキの違いは、単なる構造の差にとどまらず、運転フィールや安心感にも大きく影響する要素である。スポーツ走行や制動性能にこだわるのであれば、一度実車でその感覚を確かめてみることをおすすめする。おもしろレンタカーでは、高性能なブレーキシステムを備えた車種のレンタルも可能であるため、自身の走り方に最適なブレーキ特性を体験してみてはいかがだろうか。